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大阪高等裁判所 昭和31年(ラ)232号 決定

抗告人 高島敏郎(仮名)

相手方 田岡弘子(仮名)

主文

原審判を取り消す。

本件申立を棄却する。

理由

抗告人は、主文と同旨の決定を求め、その理由は、「原裁判所は、亡田岡すぎの遺言執行者に抗告人を選任したのであるが、抗告人はその遺言書の記載のうち『自分の遺産中の現金、衣類、手廻品其の他の動産類は田岡家のために忠実に終始する者に適当に与える』という文言に従つて自己の任務を遂行するため、まずその動産の管理をなすべく、すぎの最後の住所において動産の点検をした際、抗告人において動産につき封印その他による明示の方法をとらず、動産の所在する家屋二階上り口に適当な施綻をなさず、その点検の際現場において手控を作る程度にとどめて目録を作成せず、右動産中のあるものにつきなされた錠の鍵を渡部雪江が所持しておりそれを他日抗告人に引き渡す旨の同人の言明を聞かずに引き揚げたとして、抗告人は遺言執行者としての任務を怠つたと認め、これを解任しているけれども、抗告人が右動産を点検した際、右家屋には、右遺言による受遺者たる田岡猛と相続人たる相手方(当時未成年)の父加藤忠彦の各家族が居住しており、遺産中の動産を集積するに適当な部屋はなく、右家屋は交通不便の場所にあり、動産を他に移動して倉庫業者に保管させることも保管費用の点からして不適当であつた。のみならず抗告人は、二回にわたつて右動産を点検したが、終始加藤忠彦と田岡猛に立会わせており、点検を了した上抗告人において右動産を管理するが保管費用の関係上右忠彦と猛にその保管を任せた。その後右動産の目録を作成して同人等にも交付した。しかも本件動産の数量は多く、殆んど中古品で価額は安い(時価総計八〇、〇〇〇円)から、抗告人のとつた右保管方法は適当である。次に、抗告人は二階の上り口に施錠をしていないけれども、二階には忠彦の家族所有の動産もあり施錠をすればその使用ができなくなるから、施錠は不適当である。

抗告人は点検の際は本件動産の手控程度のものしか作らず、関係人の認証を得ていないけれども、抗告人は遺言執行者に選任された昭和二九年一〇月一六日直ちに前記家屋に赴き午後二時頃から日没時まで、次いで同月二六日も午後から日没時まで自己の使用人に補助をさせ忠彦と猛等の協力を得て三百数十点の動産の点検をしたが、その目録を即日現場で作成することは不可能であつた。しかし、忠彦等は、本件動産をすぎの遺産として点検したことにつきなんらの異議もなかつたから、その目録が即日作成されなかつたことをもつて遺言執行者の任務を怠つたと考えることはできない。相手方が抗告人に対する遺言執行者解任の申立をした動機は、相手方が前記受遺者猛に対して本件遺言により遺贈された不動産につき相続による取得登記をしたため、抗告人が遺言執行者の当然の任務としてこれが抹消登記請求訴訟を提起したことに反感を抱いたことにある。」というのである。

原審記録と当審における抗告人審尋の結果によると、抗告人は昭和二九年一〇月一六日原裁判所より亡田岡すぎの遺言執行者に選任されたが、同遺言中にはその遺産中の動産を遺贈する旨の定があるため、直ちに同日午後二時頃から日没まですぎの居住していた家屋において遺産中の動産を点検したが、同所には、すぎの死亡後他より転居して来た本件遺言による養子、すなわち相続人たる相手方(当時未成年)の父加藤忠彦と受遺者たるすぎの孫田岡猛の各家族が居住し、同人等はすぎの遺産の一部をめぐつて反目していた。抗告人は同日右家屋において自己の使用人土田宏に補助させ、かつ忠彦等に立合わせて遺産中の動産を点検したが、当時すぎの姪にあたる渡部雪江が二階上り口、戸棚、タンス等に施錠してあつたため二階と階下にある動産の一部については点検をすることができず、同日は動産二百数十点について点検し、同月二四日頃雪江から鍵を受け取り同月二六日正午頃から七、八時頃まで右家屋において前同様動産の点検をし総計三二〇点の本件動産の点検を了した上、すぎの使用していた実印、金かんざし、ひすいの帯締等を除くその余の動産(時価約八〇、〇〇〇円)を封印等をせずに右忠彦と猛の共同保管に任せ同人等はこれを承諾し、右実印等は抗告人においてみずから保管していること、抗告人は同月三〇日本件動産の目録を調製して相続人たる相手方代理人大原弁護士に交付していることが認められる。およそ遺言執行者がその遺言に定められた遺産中の動産の遺贈のため必要な一切の行為をする権利義務を有する場合、その動産の保管にあたつては善良な管理者の注意、すなわち普通人が通常なすべき注意をもつてその滅失、毀損、紛失または盗難を防がねばならないが、物品の種類、形態、価格、所在場所、保管費用等に照らしてみずから保管するか若しくは適当な第三者に保管を依頼するかを決めるべきである。しかして、遺言執行者がある特定の行為につき第三者をしてその事務に当らせることは少しも妨げられない(民法第一〇一六条第一項)。本件についてこれをみるに、抗告人は前認定のように実印、金かんざし等はみづから保管し、その他の動産は利害相反する相手方の父忠彦と猛に共同して保管させているのであるから、封印その方の方法をもつて抗告人の占有を明白にしなくても、本件動産は滅失毀損のおそれはないといわなければならない。

とすると、抗告人は本件動産の保管につき任務を怠つたということはできない。よつて進んで相手方主張の解任事由の存否につき審究する。

相手方は、『本件遺言のうちには亡すぎはその所有の神戸市○○区○○○町字○○○○番地上家屋番号一番の三木造瓦葺平家建居宅一棟建坪一五坪その他の不動産を田岡猛に遺贈するとした上、「田岡猛は田岡家の後継者として先組の仏祀りを行うは勿論遺言者に忠実に尽すべきものとして財産を遺贈するものであるから若し右趣旨に反するときはその遺贈財産を減少し又は遺贈を取消すことあるものとす。」と定めてある。ところが猛にはすぎに忠実を尽さず遺言者の家をとび出す等の不行跡があるから、相手方の当時の親権者はその旨抗告人に告げたけれども、抗告人はこれを無視し、かえつて猛の依頼に基いて相手方を相手どり右不動産につきなされた相続による所有権取得登記の抹消登記請求訴訟を提起した。しかし遺言執行者は相続人の代理人である(民法一〇一五条)から、当然前記遺贈の取消又は減少の措置をする義務がある。仮にそうでないとしても、抗告人はまず相手方に対し右不動産を田岡猛に与えるよう勧告すべきである。ところが抗告人は相手方に対しては突然前記訴訟を提起し、他方田岡猛に不行跡があるかどうかを調査すべきであるのにこれをしない。従つて、抗告人は遺言執行者としての任務を怠つている。』と主張するので、考えてみるに、甲第二号証(遺言公正証書謄本)によると、本件遺言のうちには相手方主張のような田岡猛に対する遺贈とその取消事由の定めがあることが明らかであるところ、甲第四号証(上申書と題する書面)、原審証人平山浩一、同高林邦夫、同渡部雪江の各証言、原審における抗告人に対する事件本人尋問の結果によれば、田岡猛は昭和二八年七月嘉子と結婚しすぎ方で同居していたが、嘉子とすぎとの折合が悪く、その四箇月後猛夫婦はすぎと別居し、その後再び同居したり別居したりしたが、すぎは右遺贈を取り消さないまま死亡した。そして、抗告人は遺言執行者に就任後相手方から田岡猛はすぎの病気の看護孝養を尽さず、遺言執行者において右遺贈を取り消すべきである旨の申入を受けたが、抗告人において調査の結果田岡猛の妻とすぎとの間の不和はあつたが猛自身はすぎに対して不行跡はないものと判断してその取消をしなかつたことが認められる。田岡猛において本件遺言にいうように先祖の仏祀りを怠り、すぎに対しては不忠実であつたかどうかの事実の認定が必ずしも容易でないことは原審記録に照らしてうかがわれるところ、抗告人はみずから調査した結果に基き前述のように判断するに至つたのであつてこのように判断したことをもつて、通常人としての注意を怠りその任務に反したものということはできない。さらに、抗告人が相手方を相手どり神戸地方裁判所に対し相手方のした田岡猛に遺贈された不動産の相続による所有権取得登記の抹消登記請求訴訟を提起したことは前示本人尋問の結果によつて明らかである。思うに、遺言執行者が相続人の代理人とみなされる(民法一〇一五条)のは、法律構成上の擬制であつて、これがため遺言執行者は相続人の法定代理人となつて専ら相続人本人の利益をはかることを任務とするものでないことはもちろん、受遺者の利益をはかることのみを任務とするものでもなく、遺言者の正当な意見を実現することを任務とするものである。従つて遺言執行者が遺言につき合理的な判断をした結果その遺産の管理処分のため相続人に対し自己の名において訴を提起することも、異とするに足りないというべきである。本件についてこれをみるに、抗告人が前記訴訟を提起して前記不動産につきされた所有権移転登記の抹消登記請求権の存否につき裁判所の判断を求めてその権利又は法律関係を明白にすること自体は、その任務に背くものということはできない。

相手方は、『本件遺言のうち第二、第四項は、遺贈すべき財産の範囲、数量若しくは受遺者を特定しておらず、その特定を第三者に任せているのであるが、このような遺言は遺言の代理禁止の原則に違反し無効である。しかるに、抗告人はこれを有効と解し、あるいは無効と知りつつ、田岡猛に対する遺贈を実行しようとしているのは不当である。』と主張するので、考えてみると、甲第二号証によると、本件遺言のうちに「第二 田岡猛は田岡家の後継者として先祖の仏祀りを行うは勿論遺言者に忠実に尽すべきものとして財産を遺贈するものであるから若し右趣旨に反するときはその遺贈財産を減少し又は遺贈を取消すことあるものとす。第四此の遺言が効力を発生した当時の自分の遺産中の現金、衣類、手廻り品其の他の動産類は田岡家のため忠実に終始するものに適当に与えること」との定があることが明らかであるけれども、およそ相続人は遺言の執行につき利害関係を有する者であるから遺産又は遺言の解釈につき争の存するときは自ら進んで遺言執行者の措置の不当を主張し、かつ訴求することができるのは当然である、しかし特段の事由のない限り相続人と遺言執行者との遺言の解釈を異にする一事をもつて直ちにその解任を請求しうる正当の事由とすることはできない。けだし、遺言執行者は専ら相続人の利益をはかるべき者でないこと前述のとおりであるからである。抗告人が相続人と異つた解釈に基き本件遺言の趣旨に従うものとして遺贈を実行しようとしていたとしても、これをもつて直ちに解任の正当事由とすることはできない。

相手方は、『遺言執行者の報酬は家庭裁判所が決定支給すべきであり、その費用は遺産中から支給さるべきである。にもかかわらず、抗告人は利害関係人たる猛から金銭を受領しているのは不当である。』と主張し、当審における抗告人審尋の結果によると、抗告人は相手方を相手どり前記所有権移転登記抹消登記請求訴訟を提起するにあたり費用の予納がないため慎重考慮の上、田岡猛からその費用として一〇、〇〇〇円を受け取つたことが認められる。しかして遺言の執行に関する費用は、特段の事由のないかぎり相続財産の負担となるのであるけれども、原審記録によると、すぎの遺産に現金は全然なく、銀行預金は四七一円あるにすぎないことが明らかである。しかもその遺産中の動産は全部前認定のように遺贈の目的となつており、従つて相続財産には動産は全くない。しかして前認定のように前示不動産は遺贈の目的とされ、かつ抗告人と相手方との間の訴訟の目的物となつておるのみならず、他に前示費用を負担すべき相続財産たる不動産のあることは、記録によつてこれをうかがうことができない。してみると抗告人が田岡猛から前示費用の立替支払を受けたことはやむを得なかつたものというべく、他方抗告人が前記訴訟を提起したこと自体は明白に不当な行為であるということはできないから、抗告人が右訴訟を追行するために費用の支払を受けたことをもつて遺言執行者としての任務に背く不当の行為と断定することはできない。

そうすると、本件遺言執行者たる抗告人を解任すべきものとした原審判は失当であるからこれを取り消すべく、相手方の遺言執行者解任及び選任の申立は理由がないから、これを棄却することとし、家事審判規則一九条二項を適用して主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 熊野啓五郎 裁判官 岡野幸之助 裁判官 山内敏彦)

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